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2007年2月号 泉谷洋平さんより、おてがみが届きました

泉谷と申します。人文地理学の研究をやっています。とは言っても、研究で生計を立てているわけではありません。普段は家庭教師や個人学習指導のお仕事をしたり、まちづくり関係のNPOで有償のボランティア作業や事務作業やったりしています。ときどき、着物を着た詩人が代表を務めるNPOでカフェスタッフも務めています。

突然ですが。

ある時ふと何かの拍子に、いつもの見慣れた風景や場所が、異様な表情や雰囲気を持っているように見えてしまう経験はありませんか?

私にはときどきそういう体験があります。いつもの帰り道が、全く知らないまちの全く知らない通りに思えてしまったり、見慣れた景色が突然異様にすばらしく感じられて背中がザワザワそよぐように感じたり。ある場所が、それと同種のものが想像できないほどに、固有でユニークで異様な雰囲気を装って現れるのです。こうした体験は、地名を持った特定の場所を何かしらユニークで個性的なものとみなす態度の、いわば原体験のようなものかも知れません。しかし、その時に感じた「全く知らないまちの全く知らない通り」や「突然感じられた異様にすばらしい景色」は、さて、そもそもこの世界のいったい「どこに」存在していたのでしょうか?

それが、去年私が研究していたテーマです。

問題なのは、そうした独特で固有の「全く知らなさ」や「異様なすばらしさ」が、そもそもいったい「どういった」ものであり「どのように」感じられたのか、それらを適切に表現できる言葉が見つからないという点にあります。どうも、どんなに言葉を紡いでも、そこには到達できないように思われるのです。つまり、「どこに」存在していたのかを、言葉で決して指し示せないわけです。もちろん、身悶えとともに何とかそれを伝えようと四苦八苦しているうちに、なぜか私が何を見て何を感じたのかを察してくれる人も、まれにはいます。にもかかわらず、その時でさえ、その場所がいったい世界のどこにあったのか、その四苦八苦によってさえも決して指し示されてはいないのです。

言語の内側を世界の内側と考えるのであれば、詩情、情感、感嘆、驚きなど、決して言葉で語り尽くすことのできないようなものは、この世界に存在しているとは決して言えないように思えます。そうした感嘆や情感とともに感じ取られるような、場所の固有性についても同じことが言えるのかも知れません。つまり、私が感じ取った異様で独特の雰囲気はこの世界には存在せず、従って場所の固有性とは一種の夢想であると。しかし、それではなぜこの世界(つまりは言語の内側)に存在しているとは決して言えないようなものについて、現にこうして語ることができるのでしょうか。

私がある場所の独特の雰囲気を感じ取ったときに、その独特の雰囲気は世界の内側にあるものとして有意味に語ることができるのか、それとも決して語りえないのか。私的な体験について考えていたつもりが、問題がどんどん雪だるま式に膨らんでしまったようです。けれど、生きている間の暇つぶしの種としては申し分ありません。これからじっくり考えたいと思います。

ところで、私が尊敬する哲学者の一人であるウィトゲンシュタインも、こうした「語りえないもの」について、世界内の存在とは考えていなかったようです。彼は、詩情や感嘆、情感といったものを哲学的に語りうるものの世界から排除しました。先に書いた私の考えにも、実は彼の思考が大きく影響しています。そんなウィトゲンシュタインも、プライベートな手記、つまり哲学の外側では、こんなことを言っています。

哲学に対する私の態度は、「そもそも哲学は、詩のように作ることしかできない」という言葉に要約できるだろう。この言葉から、私の思考がどこまで現在の、未来の、あるいは過去のものであるかが、わかるような気がする。この言葉によって私は、自分のやりたいことを完全にはできない者だと告白しているわけだから(ウィトゲンシュタイン,L著・丘沢静也訳『反哲学的断章―文化と価値』青土社、pp78-79)。

言葉だけを武器にして研究をやっている身としては、語りえることのみを詩情を排して徹底的な明晰さで語ろうとする哲学者ウィトゲンシュタインの姿勢には共感を覚えます。同時に、それでもなお人生そのものから詩情を排することができなかった、あるいは、実は詩情でもってしか接することのできないような謎を相手に哲学をしていたのかも知れない、そんな人間ウィトゲンシュタインにもどことなく愛おしさを感じます。

もしかしたら、ウィトゲンシュタインは私が一番尊敬している詩人でもあるのかもしれません。

みなさんが尊敬する詩人はどんな人ですか?

いつかまたそんなたわいもないお話ができる日が来ますように。


□泉谷洋平さんってどんなひと?

1975 大阪府豊中市生まれる。12歳までの間に、東京、大阪、ジャカルタ、東京と各地を転々とする。
1994 高校卒業。大学に入学。大阪に移り住む。2年後に京都に移る。
1998 地理学で卒論を書いて学士号取得。修士課程に進む。
2000 地理学で修論を書いて修士号取得。博士後期課程に進む。学術振興会特別研究員に採用される(〜2003.3)。
2003 博士後期課程を認定退学。柳原銀行記念資料館の事務局で仕事を始める。釜ヶ崎のまち再生フォーラムで事務局と地域通貨を手伝い始める。フリーランスとして地理学関係の論文や雑文を書き始める。大阪の現住地に移る。
2004 cocoroomカフェスタッフになる。
2005 おおさか元気ネットワークのお手伝いを始める。
2006 再生塾YARで講師を務める。現在に至る。

過去に執筆した論文などは、以下のサイトをご参照下さい。
Under Construction for Good 〜 泉谷洋平's website 〜
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