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2015年3月号 柿塚拓真さんより、おてがみが届きました

「僕がオーケストラのマネージメントをしている理由」

こんにちは。はじめまして。柿塚拓真と申します。大阪は豊中市にある日本センチュリー交響楽団というプロフェッショナルなオーケストラでマネージャーをしています。オーケストラのマネージャーといっても大きなステージでのコンサートの企画をしたり、著名なアーティストと仕事することは僕はあまりありません。むしろ、コミュニティとのプロジェクトや教育に入り込んだ企画を通して、クラシック音楽に馴染みのない一般の人やプロの音楽家を見るのも初めてという様な子供たちと向き合っている時間の方が多かったりします。

このお手紙を読んでいる方に関係者がいないことを祈りながら告白しますが、僕はオーケストラという団体がそんなに好きではありません。なんか偉そうだし、金食い虫だし、60人ぐらいの音楽家がいるので小回りが利かないし、楽器はおろか楽譜がないと演奏もできないし、アーティストの集まりのはずなのに新しいこと生み出しているようには見えず、200年、300年も昔の音楽をひたすら演奏している。理由を挙げるときりがない。

そんな僕が、それでもオーケストラマネージャーをしているのには大きな理由があります。それは祖母との何気ない会話がきっかけでした。僕の母方の祖母は大正11年生まれの92歳。まだまだ元気で、僕が帰省した時には一杯飲みながらいろんな話をするのが恒例になっています。祖母の実家は宮崎市の旭通りという街で「赤井」という印鑑屋を営んでいました。当時の旭通りは宮崎の中心。宮崎では初めて街灯が付いた都会でありました。そんな都会での祖母が若いころの話を毎回聞くのです。

街には劇場があり旅回りの一座が月替わりでやってきます。「赤井さん、来月はこんな芝居が来るけど、どう?」「なら1マス買っといて。」月に一度は家族みんなでお芝居を見るのです。初めはマス席で食べるお弁当やミカンにつられて来ていた子供たちも直ぐに芝居に詳しい目の肥えた客に。
また印鑑屋の2階の座敷では毎週、狂句の会が開かれます。街の旦那衆から奥さん、印鑑屋の若い職人さんから時にはまだ幼かった祖母も。みんな一緒に机を囲み狂句づくりに勤しみます。日向狂句と言って普段話している宮崎の方言を使った狂句。詩をつくるときは地位や肩書もありません。みんな平等で同じ舞台で、同じように「うーん」と唸りながら、頭を捻ります。普段は何をしているか分からないおじさんが、妙に詩が上手く、この時ばかりは尊敬されたりして。そして、その後は世話好きだった曾祖母が漬けたバラ寿司を食べながら反省会。まさに社交場です。ちなみに実家にはこの時の墨で手書きした作品集があり、僕は顔も知らない曽祖父や近所のおじさんの作品を知っています。他にも三味線、長唄、町内会の余興、エトセトラ、エトセトラ。
「なんて豊かで文化的な日常なんだ」とこの話を聞いて思いました。普段、我々オーケストラマネージャーは声高に主張しているのです。「欧米ではコンサートやオペラは生活に密着した日常の楽しみ。音を聞くだけではない社交場。日も本早くそうならなければ。」と。でもそんなことをしなくても、少なくとも戦前の日本の地方都市にはこんなに豊かな文化が日常にあったのです。戦後の偏った(ここはいろいろな意見があると思いますが、僕はそう思います。)歴史教育しか受けたことがなく、戦前の日本は常に軍靴の音が響き、灰色の時代だったと思っていた僕には青天の霹靂でした。そして、いかに今の日本の日常が文化的に貧しいかとも思いました。

決して、我々は過去に戻ることはできませんし、大正の宮崎の街に憧れても、それはただのノスタルジーです。ただ僕は少しでも自分が生きている日常を文化的に豊かにしたい。僕は西洋音楽の勉強しかしたことがないので、その手段としてはオーケストラしかない。だったら、今たまたま働いているオーケストラを使ってみよう。これが僕がオーケストラを嫌いなのにも関わらずオーケストラマネージメントを続けている理由です。そして、日々の暮らしを文化的にするオーケストラになれた時に、少しだけオーケストラを好きになってもいいかなと思っています。

皆さんは詩を創っていると聞いています。日常で多くの人が無意識に使っている言葉で何かを表現しようとする詩は、日常と非日常を結ぶ最高の芸術だと思います。僕がそうであったように皆さんの作品を見て、創作活動を知った未来の人々が「平成の日本はなんて豊かな時代だったんだ」と思う時代がいつかやってきます。僕はその時にオーケストラが、詩のように身近で、でも少し特別な存在になれるように頑張ってみます。


■ 柿塚拓真さんって、どんな人?
kakizuka

1983年宮崎県宮崎市生まれ。福岡第一高校音楽科、相愛大学音楽学部卒業。専攻はテューバ(ラッパのおおきなやつ)。
楽器が下手で音楽では飯が食えないので、大好きなワインも飲めないし、旅行にも行けないのは嫌だと思い、試験を受け、社会保険庁に就職。
福岡県内の社会保険事務所に配属されるが、いろいろと思うことがあり1年9か月で退職。
現在、公益財団法人日本センチュリー交響楽団 コミュニテ/教育プログラム 担当マネージャー
趣味は飛行機に乗ること、ワイン、日本酒を飲むこと。
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