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2014年5月号 橋口博幸さんより、おてがみが届きました

竹とことば

みなさまへ

はじめまして、橋口博幸と申します。自分のことを「愛竹家」とでも名乗ろうと思いはじめた鹿児島生まれの31歳です。
突然のお便り失礼します。そして僕の愛する「竹」について話することお許しください。

僕は縁あって関わった大学のプロジェクトで、竹との関係がうまれました。6年前のことです。ところでみなさんは竹とふれ合ったことってありますか?たけのこ掘りで竹林を歩いたり、必要に応じて竹を伐ったりとか。僕は竹ヒゴや竹馬なんかを使ったことはありましたけど、実際に竹林を歩き、竹にふれ、伐ったことは、それまで人生で一度もありませんでした。

そんな僕が竹に魅かれていったのは沖浦和光氏の『竹の民俗誌―日本文化の深層を探る』(岩波新書)を読んでからでした。5年前の夏、インドネシアに向かう機内で読んでいた時のことです。ここで描かれているのは、東南アジアから日本へといにしえより連綿と続く竹の民俗・文化。そして僕の生まれた鹿児島はまさに「日本」と東南アジアの接点とも言える場所であり、本書によれば日本の竹文化の起点とも言える場所でした。この時の興奮は今でも鮮明に覚えています。それからというもの隼人の人々に、自身の遠い祖先を思い浮かべ、そして以降、数多見つかる自分の人生と竹との接点に興奮し、今に至ります。

不思議なもので一度、チャンネルが「竹」にピントがあってしまうと、至るところで感知するんですね。これは他のことでも言えますが、情報がよってくる感覚です。おかげで日々、退屈することなく、竹とふれ合うようになりました。きづいたら子供にも「竹虎」なんて命名していたり。子供にとっちゃ良い迷惑ですよね。

少し話しは変わりますが、僕は武蔵野美術大学の基礎デザイン学科というところを卒業しました。向井周太郎先生という方が創設者なのですが、向井先生はデザイナーであると同時に詩人でもあります。そのため著書はどれも、ことばの響きに満ちているように感じます。

僕が竹民具の中でも「箕」(穀物をふるって選り分ける道具)について調べていたときです。「み」という言葉の響きについて考えていました。もちろん生活に密着した民具ですから、各地方によって呼び名を違うんですが、総じて「み」と呼ぶところが多いんです。そんな時、向井先生が『かたちの詩学』(美術出版社)で「身振り」に関する考察において語られていた、次の文章に行き当たりました。

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そこで思い出されるのは、「身」という漢字の原義である。これは「人」の字形に大きく腹部をそえた形で、身ごもっている人の側身形を表し、「身(はら)む」とよむのが原義で、妊娠の意であるという。そして妊娠の「娠」は「身」に対する形声字で、胎内に振動する意を表し、「振」や「震」も同形の字で、みな動く意があるという(白川静『字統』『字通』『文字講話1』平凡社、参照)。
(中略)
身振りの「ふり」とは、原初的に「生まれる、生まれかわる」という生成と再生の揺動、振動、リズムであると述べたが、興味深いことに、その意味は「ふり」の振動の中だけでなく、「身」自身の意(こころ)のうちにもすでに包摂されていたのだ。
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箕は両手でふるって使用します。そして場所によっては神聖性を孕むものとして、使用されてきたようなのです。僕の生まれた鹿児島では幼児を箕の上に載せ、祝ったといいます。そこではまさに「身」にみられる、生まれ、生まれかわる、生成と再生のリズムにおける「箕」のありかたがみてとれます。その始原的な動機を立証することはできませんが、ふと、箕をつかうときの動きを見ていると、「あぁ、ここから、生まれるのだな」と感じられることがありました。昨年夏に訪れたインドネシアのフローレス島という島の、ワエレボという集落で、なんとなく人々の様子を眺めていた時でした。上下に揺すって穀物を選り分ける様は、その一定のリズムとともに生成の調べを奏でているように見えなくもありません。僕はこの感覚をえられた際に、なんとなく箕の本質に迫れた気がしました。もちろん道具ですし、また、僕自身ものづくりに多少なりとも関わる人間ですから、その手触りやつくりかたといった「かたち」への考察もとても大事です。でもこういった感覚というのは、手を通じてからだけでなく、どこからか、ふっとわいてくるようなものの気がしています。

僕はものごとを考える際に、まずことばに立ち返って考えようとする人が好きです。言い換えれば、ことばを大切にする人が好きです。今回、皆さんにお手紙をしようと思ったのは、ふと僕自身の経験として竹について調べていく中で、ことばの考察が大きな転機になったことを思い起こしたからでした。みなさんのように詩作を傍らにいきていらっしゃる方々というのは、とてもクリエイティブな世界にいらっしゃるのだな、と感じます。同時に、その分、せかいの様々なことがらに、大きな影響をお受けになることも多いでしょう。でもどうか詩をつくりだすというポイエーシスをお続けになってください。そしてせかいの様々なことがらに、あらたな、いのちを吹きかけてください。僕は竹を通してせかいと繋がりたいと思っていますが、そんな時、何か一緒にできたら幸いです。そういう思いがふつふつと湧いてきたので筆をとった次第です。


■橋口博幸さんって、どんな人?
taketake
鹿児島生まれの31歳。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業後、ブラジル、サンパウロのファベーラ(貧民街)で半年間ボランティア。帰国後、武蔵野美術大学とインドネシアのバンドン工科大学とのあいだで始まった竹のプロジェクトに参加。以降、竹と炭をテーマに活動を続ける。2014年より活動の拠点を故郷の鹿児島へとうつす予定。
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