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2014年2月号 フェード・ハシルックさんより、おてがみが届きました

外から見た日本

蘭の会の皆様、初めまして。自分はただの学生です、というと普通に聞こえるのですが、実は普通ではないところは留学生というところだけだったりしてます。

手紙を書くとなったときに、「え?!」っていう気持ちでした。大学院で勉強している割には本をあんまり読んでなく、文章も秀逸とはいえない。ましてや、外国語の日本語で手紙を書くなんて。それでも、書くと決めた以上、この手紙ならぬ手紙を読んでいただけたら嬉しいです。

日本に来たのがおおよそ四年前のことでした。夢と希望あふれて、初めての海外ということもあって、わくわくしてたまらなかった気分はいまでも覚えてます。来る前から関西が好きで、何よりも関西弁を好きでした。

何気に道端で集まって世間話しているおばちゃんグループが好き。喋ってる内容は時に聞きに堪えないものでもあるが、けどあの雰囲気が外国人の僕からするとすごく日本っぽくて、平和な気持ちになれます。

道で歩いてるときはいつも耳を傾けるようにしてます、通りすがりの喋ってることや、商店街の商売音や街中のビラ配りの挨拶、徐々に外国人の不慣れな日本語、もしくは異郷でも関係なしに使う母国語なども頭の中で風景として構築していきます。

すばらしい、先進国って感じですね。何もかもが調和してて、問題があってもすぐ解決に向けるよう、この国の人たちががんばっていると、最初はそう思っていました。四年もいれば、いろいろと見れたりする。見たくないものとかも。

最初驚いたのが大阪の新世界だった。昼賑やかで活気あふれているが、夜の通天閣を撮影して帰るとき、また別の姿の新世界も目撃した。昼に親と子供たちが動物を見に来ている楽しいところが、夜になるとホームレスのたまり場となって、あっちこっちで寝転んでる姿をみて、初めて思いました。「この国の人であっても、必ず幸せになれるとは限らないと」。

恥かしいながら、出身の国は多民族で貧富の差が激しい国です。少数民族で比較的に裕福な地域ではないところで育った自分はいままで多く見てきました、老人は路頭に迷い、仕事ができなくて他人の恩恵で生活していく姿を。そこの部分は日本とあんまりかわりがありませんでした。

その次、さらに次、生活の中で直面した日本社会の問題点、具体的にもう覚えていません。夜の堺筋を通ると、外国人労働者の声がいろいろと耳に入る。そのなか合法労働者は幾らいるかはわかりませんが、不法滞在だとしても、時々、その者たちにとっては、日本という国はどんなものなのか気になります。いろんな思いをした自分の母国を離れ、憧れの日本に来て、なにを見えたか、なにが変わったとか。

もちろん、人間がいれば、日本のみならず問題はどこにでも存在する。嬉しいことに、問題に向けて解決しようとしている人たちがいます。政府の力だけを頼りにするのではなく、自分たちでなにか活動をしてる人たち。
大学院に入ったから、そんな人たちに沢山であった。みんな真剣に何かを解決するために、大学院にて理論知識積む人ばっかりでした。さすがだなと思いながら、じぶんとの差を思い知らされた。

「苦しんでる人はあなただけではない、問題を解決しようと悩んでる人も君だけではない」

いまは微力かもしれません、いまはまだ現状変えられないかもしれません、我々に課せられた仕事は「流れ」を作ることです。「流れ」が絶えることはなければ、いつか必ず、後の人たちのためにもそうするべきだと思いました。

周りから「日本の政治が終わってる」との声がしばしば、実は政治にたいした関心もなければ、政治で日本が変えるとも思いません。日本は変えるのは、自分たちでしかありません。

同じように、日本の「流れ」を世界に蔓延させることができれば、世界はもっといいものとなるのであろう。

堅苦しくてごめんなさい。面白く書きたかったけど、そこどうやらまだ関西に染まってないみたいです。


■Hoeiid hashilkhuuフェード・ハシルックさんって、どんな人?

1989生まれ、中国内モンゴル族
大阪経済法科大学経済学部卒業
現在大阪市立大学アジア都市文化学博士前期課程専攻
モンゴル語、中国語など五ヶ国語堪能で、積極的に国際交流やイベントに参加している


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