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2013年10月号 遠藤智昭さんより、おてがみが届きました

みなさまへ

はじめまして、写真家の遠藤と申します。
今日は簡単な自己紹介といま私がしていることについてお話ししたいと思います。

私が写真を始めたのは30代半ばで、写真家としてはかなり遅いスタートでした。それまでは大学のまわりをうろうろしていまして、大学院だけで11年間。学部を合わせると15年。これに博士論文提出有資格者指導という3年間も合わせると18年間も大学に通っていました。ですからてっきりそのまま大学の先生か予備校の講師にでもなるだろうと思っていたら、うっかり写真家になってしまいました。

「大学でなにを専門にしていたの?」とよく聞かれるのですがこれが一番答えに困る質問です。所属していたところは言語機能論講座といいます。ここは言語の働きについてのあらゆることを超領域的に研究するということになっていました。いわゆる学際領域というやつです。私自身はそこで言語論と社会思想や政治思想の接点をポストモダンという観点から研究していました。たとえば民主主義における合意の問題とか、人間がこの世界に現れる方法などが含まれます。と言っても実際に私が未完の博士論文でとりくんでいたのは政治的判断力という問題で、これはまた違ったアプローチで美学論の方に隣接しているのですが、まぁ、そんな感じです。

うっかりといいましたが、一般論として言えば40歳近くになって職業として写真の世界に飛び込むのはかなり勇気がいります。でも私の場合は初めて写真の世界を知った時自分の中でカチッと音がして小さな閃光が走りました。もう少し違った言い方をすればそれまでに得てきた知識や関心、自分の特性などいろいろなものが写真と違和感なくつながってしっくりくる感じだったのです。選んだというより出会ったということですね。大抵の人生の転換点はそういうものだと思います。もちろんそんなことは人生で何度もあることではないので残りの人生は写真と共に生きて行くつもりです。

学問と写真はかなり隔たりがあります。ある意味では対極的と言ってもいいと思います。でもそこにこそ私は惹かれました。私が学問に辟易していたのはそれが常に対立を生むからです。それも端からみるとほとんど無意味と言ってよいほど些細な違いで対立しています。それは論理というものが持つ内在的な性質で、論理的な言語を扱う以上こうした対立は避けがたいことかもしれません。しかしそうは言っても目先の細かな差異に目を奪われ、その議論の出発点となった共通の問題意識を見失うことがあまりに多すぎるように思いました。だから私は写真家になってからは出来事の出発点となるイメージを記録することを心がけています。

たとえばフクシマ。2011年3月11日、巨大な地震と津波が引き金となって東京電力福島第一原子力発電所が爆発し、膨大な数の被災者を生み出しました。これが出発点です。あれから2年以上経ち、原発に反対する人たちの間にも放射能汚染からの避難者を支援する人たちの間にも様々な軋轢が生まれ、一部は対立関係に陥っていると聞きます。でもこうした人たちはもともと同じ方向を向いていた人たちです。それにも関わらず我々はなかなかこうした目先の対立を逃れることが出来ません。そうした時みんなが戻れる端的なイメージ、共有できる感覚を提供することが写真の役割だと思っています。

いま私は野宿者襲撃問題のプロジェクトに取り組んでいます。昨年(2012年)10月、大阪梅田で一人の野宿生活者(ホームレス)が5人に襲われ死亡するという事件がありました。このように殺人事件にまで至るケースはさすがにそれほど多くはありませんが、野宿者に対して物を投げつけたり、蹴っ飛ばしたり、傘で刺したり、火のついたタバコを投げ込んだりする事例は日常的に発生しています。そしてその背景には根深い偏見と差別意識があります。野宿生活者にはなにをしても構わないという漠然とした合意がこの社会にはあるのです。でも、あたりまえのことですが、野宿している方々にはそれぞれ事情があり、それまでの人生があります。そうした個々人の生きてきた道のりと現在置かれている状況が具体的にイメージできた時、野宿生活者は不気味で迷惑な黒い固まりではなくひとりの人間として立ち現れると私は思っています。ここが出発点です。これを記録し、そしてこれを出来るだけ多くの人がイメージとして共有できるようにし、そしてそこからこの社会を覆っている空気あるいは世論を少しだけ動かすこと、このプロジェクトはそういうことを目標としています。

写真にできることはまだある、と私は信じているのです。


■遠藤智昭さんって、どんな人?


1970年、愛知県生まれ。神奈川県在住。写真家
東北大学大学院国際文化研究科博士課程満期退学(修士/国際文化)
写美フォトドキュメンタリー・ワークショップ(三期生)修了
東京ドキュメンタリーフォトグラフィーワークショップ(一期生)修了
2008年、森山大道展公募論文(東京都写真美術館主催)入選
2012年の年末から翌年始めにかけて、いわゆる「中国残留孤児」の現在を記録した写真展「帰国者〜中国に残された子どもたちの今」を大阪の3会場で開催
2013年5月現在、大阪市西成区のココルームに長期滞在して野宿者襲撃問題をテーマにした撮影をすすめている。

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