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2011年9月号 冠野 文(かんのふみ)さんより、おてがみが届きました

おてがみ

私が今もしょっちゅう買って使うのは50円切手で、出す手紙はたいてい絵ハガキです(ヨソの国へ出すときは、ハガキは世界共通70円)。もっと若いころは、ずいぶん長い便りも書き、枚数が多くて安い便箋をときには10枚も使っていた。いったいあの頃は何をそんなに書いていたのだろう。長い便りの一方で、毎日のように会う人に毎日のようにハガキを投函したりもしていた。書いたものをポストに出しにゆき、それが郵便屋さんの手を介して届く。届いた先では、時をおいてそれを読む。私のところに届く郵便も、そうやって時をおいて読んでいるのだと、ふとしたときに思う。

私はかなりハガキを出しますが、電子メールも使います。キーボードでぱこぱこと書いたものを、自分の手で送信ボタンを押して送る。早いときには1分後くらいに返事が届きさえする。その早さ、時をおく間もないやりとりが、切手を貼って出しにいく郵便との違いだろうかと思う。

「文」という、手紙や文字の意味ももつ自分の名を、「手紙」とあらためて言われると、ちょっと考えます。小さかった頃は、電柱に自分の名をみつけ(住んでいたすぐ近くに学校があったので)、地図を習えば「文」とは学校の意味であり、単位を習えば、それはお金や長さをあらわしたものであり、漢字の成り立ちを知れば、それは紋様からきたのだという。

詩と文のちがいは、今もあまりよくわかりません。詩集というのは、下の方が白っぽい本だと長いこと思っていた。短くて、さっさと読めるとも思っていた。あるとき散文詩というのを知って、そっちはお経のようにも見えた。声に出して読むとおもしろいと知り、ことばを声にのせると気もちがいいことも知り、ときどき、気に入った詩を声をあげて読んだりする。

詩は、声からくるのか、それとも、文字からうまれるのか、どんなふうに詩はたちあがってくるのだろうと興味があります。もしかすると詩は、太鼓のようであったり、楔形文字のようであったりするのか。それは、どんな場で、どんな時に、どんなふうに。

                                                        2011年6月 冠野 文

■冠野 文(かんのふみ)さんってどんな人?

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冠野 文(かんのふみ)。1969年、千里ニュータウンうまれ。ほぼずっと大阪在住(途中3年だけ広島在住)。
本を読むのが好きで、20年くらい前から「ブックマーク」という本ネタのミニコミ誌をつくっているのと、この10年ほどは『We』誌で「乱読大魔王日記」、『ヒューマンライツ』誌で「頭のフタを開けたりしめたり」という、いずれも本ネタの原稿を書いている。
勤め先を転々とし(これまで同じ職場には最長3年しかいたことがなく)、いまは『We』誌を出している零細会社・フェミックスの社員で、在宅勤務。校正仕事が得意。

ブログ 乱読大魔王の『We』周辺記事
http://we23randoku.blog77.fc2.com/

フェミックス
http://www.femix.co.jp/
(『We』の注文ができます)
 
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