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2009年6月号 服部 聖一さんより、おてがみが届きました

詩など書かない祖母の話

旅とは縁遠い生活をしている私が、阿闍梨餅を持って早朝、博多行きの新幹線ホームに立つ。
私が「ゆみ子さん」とよぶ祖母は、今年で九十才、叔母家族と一緒に大分県の日田という田舎に住んでいる。

祖父はすでに他界してずいぶんになる。
職を転々とし、バカみたいにお人好しゆえ人を信用して他人の借金を背負ったりする祖父。それゆえ憎めないひとであったのことも間違いない。
五人の子供をかかえながら、その暮らしぶりは楽ではなかったと思う。ゆみ子さんのおそろしいほどの大雑把さは、逃げ場のない暮らしの中から生まれたモノか、生まれ持った才能なのか分からない。

豊かではない時代を生きてゆみ子さんは、あまり欲というモノを持たず、粘り強くくり返すことの強さを身につけた。
借りていた土地を耕し、花の種をまき、野菜の苗を植え、水や肥料をやり、日よけを作り、支柱を沿わせ、食卓を賑わし、漬け物をつけ続けた。私の生まれる以前からずっとずっと、ゴボウの香りがゆみ子さんの香りだ。
もうかなりの年齢だからというのもあるが、2年ほど前に心疾患が見つかり無理ができない。大好きな畑仕事もできなくなり、身軽な身体が一段と細くなった。
20年ほど前には天ぷらを揚げていて生死をさまよう大火傷を負い、彼岸いちめんに広がるとてもうつくしいお花畑を見てきたそうだ。

そのような中にあって、ゆみ子さんはイヤミという感覚を持ち合わせていない。ねたみや、ひがみや、卑下や、誇張なく、ハッキリとした語調で日常を話す声を聞くとき、なぜか世界がまっすぐと開かれていくような気がした。
ゆみ子さんは、何かを作ったり、書いたりをしない。その生き方を見ていると、とても澄んだ気持ちになる。詩人を感じたのだ。

詩人というのは、生き方の名前なのではないかと思う。

毎日たべるご飯のほかに、病気になればクスリを飲むのにもお金はかかるし、新しいmacだって欲しい。けれど、生きるということの意味を追っていくとお金とかモノとか表面的な豊かさはとても無力だ。時代がどんなに進んでも生き物はかならず死ぬ。私もゆみ子さんもなにも持たずに、いつか死んでいく。

ゆみ子さんにできることを考えてみる。モノで済むならこんなに簡単なことはない。そうでないなら、その望む生き方を覚悟を持って後押しするくらいしか思いつかない。

私は、土産を買ってのぞみに乗り、小さくうなずきながらそれを食べる姿を眺めがら、ゆみ子さんと私の血のつながりや、生きることについて考えてみたりするのだ。


■服部 聖一さんって、どんな人?




服部 聖一
1963年生まれ
血液型:A型 性格:A型
趣味:写真とmac、甘いモノ、お買い得ワインを探すこと
詩の学校(オウテンイン)とcocoroomに発足当時から係わる
「グリルじゅんさい」の料理人のように調理の仕事をしている経営者

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