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2015年10月号 緒方珠花さんより、おてがみが届きました


名前を失う事にとまどいもなく
違う星の 違う法則の中で生きる事を夢想する
日常を握りしめる力の弱さでしょうか
それを人生への無責任と呼ぶのでしょうか

最終電車というのは どうにもやってられない乗り物で
脚をひろげたまんま眠りこけるおじょうさんも中々だけど
赤ん坊の瞳の上に 
無理矢理 日々の時間と老いが覆い被さったような
中年男性が放つ 軋みというのは強烈で 
赤い顔をした彼は 摂り過ぎたアルコールを体内で発酵させて
口からげぽっと臭気を吐いたりする

どうしてこのようなことになったのか

問いは彼の根源へと向かい 時間をさかのぼらせる
一時間前の酒 今朝着た服 自分の子供や 結婚や
勤めて来た仕事 学生時代 初恋 
彼の上につもり重なった時間や出来事が 
ぽろぽろぽろぽろとはがれ落ちていった その先の
ずうとずううと昔に 
彼ににお乳を与えてくれた
彼のおしめを替えてくれた
誰かの手のぬくもりだけが意識の片隅にあるような
そんなところから投げかけられるピカピカと鋭く光る疑問符

一体どうしてぼくはここにいるのか

シートの上で据わりの悪い首を こっくりこっくりと
しまいに ごつん!と窓にぶつけて 薄めをあけた瞬間
彼と私の目がふいに合ってしまったりすると
彼の中にある生まれたてのピカピカの疑問符が光の針となって
彼の瞳の奥から飛んできて 私に突き刺さる

ふと目が合っただけなのに

彼だけじゃなく、ちかごろはどうにもそんな具合で
出会う人 すれ違う人から 
あのピカピカがやたらと私の中に飛び込んで来る
それは会社のトイレや、ランチタイムの喫茶店
通過待ちのふみきりの向こう側で
他人と出会わない様にうつむけていた行儀よい目線を
ふと上げたときのような
誰に向けられたわけでもないコミュニケーションの空白地帯
そんな場所で出会ってしまう時に放たれる
かすかに、だけど鋭く

それは つもり重なった日々の奥で 脈々と在り続けている
霊魂から発せられる はじめて世界をみたときの瞳と疑問符

この一週間ほどの間に 
光の針は何千本も私の体に飛び込み突き刺さってしまったから
そろそろまた、流れ星にして 夜の空に返してこないといけない
だから今夜は散歩に行こう



丑三つ時を待ち 外に踏み出してみると
黒く、透き通った空気はなめらかで 
風がすべすべと肌を撫でていく
地面からはわきたつように
虫達がしきりに互いを呼び合い 鳴く声が聞こえる
これも万有引力の一つの現れだな。と 考えながら歩きはじめる
眠りの時間を単なる空白の時と考える人がいるかもしれないけれど
そんなことはなく
毎夜 あなたが昼間のしめつけから
少し解放されて寝床の中にもぐりこみ、
息をするたび 眠りに近くなって
眠りに近くなるたび あなたの輪郭がやわらかくふやけてくとき
ふやけた輪郭の内側で 意識はぼやぼやとしながらも 
今日一日のアレやこれやを 
引っ張りだしたり折り畳んだり 
ちぎって捨てたりと 半ばデタラメに働き続けているし
霊魂は ふやけた輪郭の隙間から抜け出して
街をうろついて 眠っている他人の霊魂と出会ったり
死者の霊魂とであったりもする

私がよく歩くケヤキ並木は たっぷりと広い二車線道路で
両側には団地 がいくつもたちならんでいる
一階二階三階と平行に伸びる廊下 
等間隔に並ぶちいさな扉の上で 白い蛍光灯が
一つ一つの生活の入口に一晩中灯りをともしてじっとしている
その扉の奥では縦に横に積み重ねられた生活が 
ほとんどは すうすうと寝息を立てて
すこしは 静かながら活動をつづけている

体に刺さった光の針が出す 
チリチリという 小さな音が聞こえるほどの 
静かな夜のなか 
深海に住む大きな生き物のような その団地達に見守られながら
私は 二車線道路のまんなかを 
きっちりと引かれた白線の正しさを乱すみたいに
でたらめに踊りながらすすむ

小さくひとつ飛び跳ねるたび うでが夜の空気を切るたびに
体は軽くなり開放感は増して 
もしこのまま違う星へ飛ばされたなら 
その星の法則に従って生きていけそうな気さえしてくる
だって いまここでも
私は何のしくみもきちんと理解出来ないままに
こうして息をし続けている

しばらくいくと、私が向かう道の先から
道路の真ん中を奇妙な歩き方で人がやってくる
こんな夜更けにと 自分のことを棚に上げていぶかしがっていると
散歩の最中に 何度か あったことのある兵士だった
彼は先の大戦の頃 この付近で働いていた
びっこのおかげで前線に行けなかったかれは
地域一帯が軍の火薬庫だったここで
火薬庫の番人をしていた
そして二回目の大きな爆発事故の時に死んだ
その事故の日には 50キロ先から空が焼けるのが見えたらしい
彼の顔は つぶれていてよく分らないのだけど 
彼の声の若々しさと 彼の手の赤さと
火薬のニオイが 私は好きだ
かれと一緒にたばこをふかしたあと
私はまた歩き出す

ケヤキ並木をまがって 銀杏並木に入りゆるやかな上り坂を行く
山の手の高級住宅街のこのあたりも
静かな夜をたっぷりと抱えていて
家と家の物陰や やこんもりとした植木の間の
闇と闇をつなげた道を 人間じゃない気配が動いている

ほとんどの霊魂は 生身のままの人間をきらうのに
あの兵士が わざわざ私の前に姿を現すのは
ひょっとしたら どこか遠い親戚かなにかなのかもしれないな
などと思う


坂を上りきった丘の上 
高級住宅街のてっぺんにある公園に着き
そこのジャングルジムによじ上って空を見上げる
星あかりと呼応するように 私に刺さっている数千本の光達が
元の主人を求めてよりいっそう 
ちりちりちりちりと疼いている
遠くで朝刊を配達するバイクのおとが聞こえる

あおうーーーーーー 
腹の底から 力いっぱいの遠吠えで
体中に刺さった光の針を流れ星にかえて夜空にむけて放った
数千の流れ星は空に 白い放物線をえがきながら
元の主人をめがけて かけていく
放たれた光が 主人の元へと急ぐ 円弧は
いつだって切実に美しく じっとそれに見とれていると

星の軌道の一つを逆さにたどり 
流れ星よりも強く光る閃光が近づいて来る
ぐんぐんぐんぐんぐんぐん 
それは ますます加速し 笑い声を上げて近づいて来る

あはははは・・・・・・
あはははは あはははは あはははは あはははは

けたたましく無心に笑う 一人の子供が
白く光を放って駆けて来る 

あはははは あはははは あはははは あはははは
あはははは・・・・・と笑い続けながら
そのまま目の前を通り過ぎ みるみるまに遠くなり
通った空間に光の尾を残して 見えなくなってしまった

あっけにとられて呆然とたちつくす
一体なんだったのか
驚きにしびれた指先で 
あたりを漂っている白い光の屑にふれると
ソーダの炭酸がわれるように爽やかにぱちぱちとはじける

子供が走り去った 西のそらをながめる
かけた月がまだまだ名残ってかがやいている
虫達もまだ呼び合いないている
けれどもそのうちに じょじょに白い朝がやってきていることを
背中に感じる 

ふりかえると
正体のわからない鳥が 奇妙ななきごえをあげて
電信柱の間を飛んでいく
カラスのちいさな群れが東へ向かってとんでいく




私はこれから丘を下りて自分の家にかえる
きっと朝の準備をするとおもう



■緒方珠花さんって、どんな人?
mika

緒方珠花(おがたみか) 絵描き
1989年生まれ
趣味:自転車、散歩、がらくた収集、読書
http://giant-kitchen.tumblr.com/

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