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2015年8月号 よこやかずひこさんより、おてがみが届きました

蘭の会のみなさま、はじめまして。
よこやと申します。

実は、生来の悪筆と筆不精が祟り、手紙というものをついぞ書いたことがありません。また、ひとつところに長続きすることがなく常にふらふらしているために、手紙を戴くということも今や皆無になりました。

私が最後に他人様から手紙を戴いたのは、それこそ前世紀の終わりごろのことになりましょうか。私がある会社を退職するときに部下の一人から戴いたのが、最後の記憶です。

その手紙の主であるHさんは、年若で社歴も浅い私の面倒を嫌な顔一つせず見てくれた、穏やかで忍耐強い方でした。会社の創業メンバーであるにもかかわらず、ワンマン社長の気紛れで貧乏籤を引かされ続けていた彼に一緒に転職しないかと誘ったとき、彼は私に次のような手紙をくれたのです。

「お誘いありがとうございます。ですが、今回はご一緒することはできません。知っての通り、私とM君(社長)とは大学からの付き合いです。なんだかんだ言いながら、M君は私をアテにしているのです。横谷さんのご好意に感謝します。これからは上司部下の関係ではなく、五分と五分でお付き合い出来たらと思います。もっとも横谷さんは私にお金を貸して下さいましたから、私のほうが一分下がりになりますが。これからもよろしくお願いします。」

私は、この手紙に返事を書きませんでした。生来の筆不精に加え、折角誘ったのに!というつまらない腹立ちもあったからです。

それから3年後、偶々出会った元部下にHさんの近況を尋ねたところ、彼は少し黙った後に、私に教えてくれました。Hさんが亡くなったこと。自殺だったこと。遺書はなかったらしいこと。骨は千葉に住む年老いた両親が引き取ったらしいこと。

あれから15年が経ちました。今でも「手紙」というとHさんのことを思い出します。あのとき私が返事を書いていたら、そして彼とのつながりを持ち続けていたら。何も変わらなかったかもしれないし、少しは変わったかもしれない。

もしも次に誰かから手紙を戴いたら、必ず返事を書こう、と決めています。そう決めてはいるのですが、いいことなのか悪いことなのか、手紙を貰わないので私の筆不精は改善されないまま今に至っています。

■よこやかずひこさんって、どんな人?

kazu
よこや かずひこ。1971年大阪府生まれ。日雇労働者。飲食店店長、小売店店員、コールセンターオペレーター、不動産仲介業、環境系シンクタンク職員、中間支援団体職員、日雇い土工など、あちこちに不義理を重ねながらの脈絡のない人生。 高校から大学にかけて演劇、とりわけ小劇場第三世代と云われる人々(野田秀樹、如月小春など)の創る芝居に傾倒し、一時は舞台制作を志向するもあっさり挫折、現在は演劇はおろか芸術とは無縁の日々を過ごす。



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