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2014年8月号 渡辺トウフさんより、おてがみが届きました

 書物も妻も一切合財捨てて来た。

 四月十五日、夜行バスで天王寺に着き、その日のうちに西成に敷金礼金保証人なし風呂無し共同便所家賃二万円即日入居可の部屋を借りることが出来、様々な知遇を得て十日間ほど職探しに駆け回り、どうにかクリーニング工場パートの仕事に就けた。
 もうなにも要らないと思っていたが、釜ヶ崎路上の段ボール函をつい漁っていたら見つけた、表紙の取れた薄汚れた文庫本一冊五十円を二冊買ってしまった。カフカ『審判』と、中上健次『岬|化粧 他』。それから、四月分の半端な、でも嬉しい給料が入った今日(五月十五日、こちらに来て丁度一ヶ月)は、鶴見橋商店街のリサイクル店で千八百円の炊飯器も買った。
 俳句をやっている。俳人は俳人になったときから、もはや俳人でも何でもない人になってしまうことを夢見る。「俳」と云う字は、人に非ずと書く。つまり、俳人とは、人に非ぬ人。〈明日はやっては来ない〉という道理を真に受け、〈ならば、せめて一句残して今日死なむ〉という酔狂に生きる者。
 俳句の国に生まれ、釜ヶ崎へとたどり着いた。わたしは、いつの日か、俳人として生きた日々も遠く忘れ、ただ、釜ヶ崎のおっちゃんたちの一人になれたら、それでよい。

 昨晩遅く、萩ノ茶屋駅の前で、雨に濡れたクシャクシャの千円札を拾った。おかげで、今日、花園北にある〈鶴亀温泉〉に行ってさっぱりして来たのである。



 鍋釜八十八句 〈光ノ竹藪〉より

 渡辺トウフ

 2014年4月15日〜5月15日




 そやなあ 明日も春やけふも春

 ゆで卵・三角公園・俺無職

 座蒲団に釜を座らせ、朧ノ話

 手鏡を握る俺ノ手、ドヤの春

 ネクタイで首を吊るには、日ガ永くク

 履歴書に蛙一匹、貼り付ける

 春満月に噛み締めてゐる、親知ラズ

 コラツ!外道 早ヨ死ネ!(飛花

 ナ? 此処デ、踊ラントイテナ(落花

 春雨や、昼ノ味噌汁甘くなり

 春暁に鎌首もたげる、犬ノ糞

 花曇、コインランドリイヰに犬眠ル

 花散り了へたれば皆被るハンチング

 花びらよ、路上に突いた判子の如く

 葉桜ノ無口な男、冷しあめ

 春ノ朝、闇ヲより分け白御飯

 犬ノ如、哭いてゐる猫と眼が合ふ

 春夕べ 赤い輪ゴムは取つて置く

 春時雨して釜ノ底にも、肘枕

 白藤よ 金を貸しては呉レルナヨ

 ゆで卵、おまへの様な仕事はないか

 アア 俺は無能ノ箒や、春暑シ

 塵取リに、掃き集めたる春ノ季語

 鳥交る 二冊デ百円ノ文庫本

 はるかぜと云ふ名に乗るや渡し船

 春風は、王から王へと渡し船

 屋根ニ猫/ネクタイが、遍路道めく

 春ノ灯の紐垂れてをり、喉ノ奥

 愛、トイレツトペヱパーの白の重み

 皆、壁越シに添ひ遂げよふかし芋

 僧が来て僧が去るなり 紙袋

 紙袋、立つて居るなり 春の宵

 大阪ノ雀に見へてもくる也

 ゆで卵・三角公園・俺、人民

 タイガース負けているポピー揺れている

 釜ヶ崎 春ノ唐揚ゲ落ちてゐる

 春ノ灯の傘ノ埃を、受け継ぎぬ

 春雨も便所に流してしまひけり

 雑巾を洗つて干して 弥生尽

 惜シム春、釜ノ底へと立小便

 石ふたつ タオルを畳み思ふこと

 白い雲 バナナを一本を秘めてをり

 ふらここに何処へ帰レと、言えようか

 フルイケや此処でしなけりゃ漏れてまう

 十字架よ、月は東だ日は西だ

 夏兆ス南海電車鉄火面

 釜ノ尻洗つて干して、さてメーデー

 メーデーの幾何学・神ノ子 車椅子

 こともなくをとこ倒れてをり、立夏

 いよいよ夏のバスローブ抱き締める

 魂に残業のある、子供ノ日

 絶叫の後ノ沈黙、鯉のぼり

 ランボーよ砂漠に幻視せよ、鯉のぼり

 所持金に五月ノ光、西成区民

 木陰からケンカ始まる釜ヶ崎

 風光りますコーヒーの香りのお線香

 光ル風のなかからドアホ!と浴びせらる

 光り了えた風がお好み焼福ちゃんへ

 おっちゃんら五月ノ朝から呑んでをり

 夏が来て犬を洗ふや、釜ヶ崎

 蠅よ来てたかるがいいさ、この夢に

 立ち小便禁じる世界、夏ノ朝

 初夏の一句ノ引き金、絞る君

 日傘カラ、観念去りし浪花カナ

 西成ノ林家パー子に、緑夜来る

 西成デ、愛のメダカを探ス日々

 西成デ薔薇を植ゑても、看板看板

 おっちゃんも五月のアディダス三本線

 釜ヶ崎 ヒカル風もて髭を、剃ル

 虹ノ如キおっちゃんチャリパクる

 カラオケや 季節をハズレたいい女

 西成のパチンコ台に、夕陽墜ツ

 風と光る風とは団結できるだらうか

 炊き出しの粥に未来ノ西日射す

 西成ノ西日のなかへと帰りゆけり

 ベニスに死すか/行き倒れるか、西成に

 缶詰に緑夜が詰めてありぬ、食す

 バナナ剥く、烏が首を吊るよう

 風に光らぬ事も書いてしまひけり

 割り箸を西と東に割りにけり

 朝焼の鏡に罅の入るまで

 蛍火は、成光鐵工所に注文す

 爪先の届く幸せ電気温泉

 脱衣場で爪切る音に、夏の雨

 銭湯に、汗と虹と彫物師

 白壁や胸に拡げるバスタオル

 西成ノ路地ノ奥カラ西日産む

 鍋釜ノ鍋の方には、夏ノ月




階段の上で早速、二人はKの腕を取ろうとしたが、Kは言った。
「通りに出てからにしてください。私は病気じゃないんだから」

 『審判』Franz Kafka


「恐ろしんよ。一人でおるのが恐ろしんよ」
 猛は女の髪をなぜた。
 床の間に紫の小花を軸にした生花があった。水の音が、風呂場の方でしていた。

 『藁の家』中上健次





■渡辺トウフさんって、どんな人?

toufu
俳人
西成オルタナティブ俳句センター(現代釜ヶ崎俳句シーンを試行する)
パフォーマー
1970年生まれ

西成オルタナティブ俳句センター(NOHC) Twitter
https://twitter.com/nishinarihaiku


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