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2010年2月号 中川竜太さんより、おてがみが届きました

蘭の会のみなさま、はじめまして。中川竜太と申します。

今まで手紙というと、相手をイメージして書くものだったのに、この手紙を書く行為はどこかどこか相手がぼんやりしていて、

それに加えて、普段あまり書くということをしない僕にとっては、何を書いていいのやら戸惑っています。


みなさま初対面?ですので、まずは自己紹介をしますね。

僕は福岡県生まれで、普通のサラリーマン家庭で育ちました。高校はテニス部で、毎日怒鳴られながらラケットを振っていた思い出しかないです。大学進学で千葉に移り住みました。福岡を離れるとき、布団一式と10万円を渡されて飛行機に乗り込んだこと、機内から富士山が綺麗に見えたこと、新居での孤独な時間がとても長く感じたことを今でも鮮明に思い出します。大学3年の時、1年間休学してアジア横断の旅に出ました。「目的は?」と聞かれるとうまく答えられないのですが、「行ってみてどうだったのか?」と聞かれると「良かった。」と即答します。日本社会を相対化して見ることができるようになり、「社会と、自分がどう関わるか」を考えられるようになったからです。


帰国後は、大学の授業で偶然知った「コミュニティアート・ふなばし」というアートNPOで活動をはじめました。それまで、絵=アートだと思い込み、絵が描けなかったために、アートが大嫌いでした。そんな僕が、よもやこのような活動に携わることになろうとは思ってもみませんでした。普段は、地元の商店街の会議にお邪魔したり、ふらっとお店に立ち寄って雑談をしながら、一緒にふなばしの街を盛り上げる企画を考えています。この活動をしていて、人やアートという曖昧なものを介して紡がれる、緩やかな繋がりや表現の大切さと面白さに気づきました。得意な分野は、ソーシャルメディアまわりの環境構築と運用です。興味があることは、それをどのように社会と結びつけるかということです。昨年、大阪の釜ヶ崎で活動する「ココルーム」というNPOとの企画をやらせてもらったご縁で、2010年の1月に10日間滞在して、釜ヶ崎のナマを伝える「カマン!ラジオ」プロジェクトを行いました。


その滞在中に、初めて女流詩人の朗読を聞きました。体験したと言った方が良いかもしれません。詩人の口から流れ出る言葉に乗って、釜ヶ崎に行き着いたスペイン人シスターの人生が急展開で語られ、その情景が瞼の裏に広がりました。メディアという切り口で表現すると、朗読という行為がメディアになっていました。聞き終わった後の感覚は、映画館で映画を見終わった時のそれに近かった気がします。他人であるはずの聞き手同士の中で、何かが共有されているという感覚が忘れられません。とてもいい経験でした。


昨今のインターネットメディアの話をさせてください。

近年の技術革新で、今まで一部の人間に独占されてきた「表現する」「伝える」という行為に、一般人もアクセス可能になりました。Ustreamというライブ中継サービスや、twitterやyoutubeが急速に社会での地位を確立させたりというのが良い例です。これらのサービスを使えば、いま目の前で起っていることが、音声や動画、テキストに変換されて、数秒のタイムラグで発信され、アーカイブされます。


上記のメディアは、物事における時間と場所の制約を取り払うものです。詩人の言葉も、ラジオとして録音され、ブログにアーカイブされました。しかし、その情報は、賞味期限切れの食べ物のようなものです。私達が味わった、あの感覚を「共有」することは、現場でしかできません。さらに、視聴者は断片のみをみて、その人や作品を判断します。それに関して、2010年1月23日に開催された「アートの力を信じる」というシンポジウムで、「詩集に載った言葉は、いわば魚の切り身のようなもの」という会場からの意見に対して、谷川俊太郎さんは「切り身をどう料理するかは読者の力量だ。」と言われました。なるほどなるほど。情報を発信する側も、それを受け取る側も自覚的である必要があるのですね。


詩人の方はネットが普及する前から、このような問題について考えていらっしゃったのではないかと思いました。つまり、ことばが、詩集として社会に出ていくことで、一人歩きして誤解されてしまうことの恐ろしさのようなものと、常に対峙されていたのではということです。そう考えると、谷川さんのことばは非常に重みのある言葉ですね。


今回は、このような機会を与えてくださって本当にありがとうございました。

女流詩人の方々、どこかでお会いできることを楽しみにしています。では!!

■中川竜太さんって、どんな人?
nakagawa

中川 竜太(なかがわ りゅうた)
1986年、福岡県生まれ。大学入学と共に関東での生活を始める。大学3年時に休学し、タイからエジプトまで、世界20カ国程度をすべて陸路で旅行。帰国後、コミュニティアート・ふなばしで、まちとアートをキーワードに活動を開始。趣味は、web構築や部屋のリフォーム、テニスなど。


個人HP:http://ryutube.net/

団体HP:http://homepage1.nifty.com/FUNABASHI-DW/

カマン!ラジオ:http://www.voiceblog.jp/kamame/
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2009年10月号 田村 敏也さんより、おてがみが届きました

言葉にするという事
文字にするという事





自分の考えを あえて「文字」に する 事は それはもう覚悟がいる。
人の事であろうと。自分の事であろうと。


他人の「言葉」に「突っ込み」を入れたり、「揚げ足」をとったりしてきたにも関わらず、
いざ自身の事となると、振り返れば深く理解しないまま使用している「言葉」がたくさんある。


たとえば、同じ言葉でも「わかる」という言葉には


「解る」
「分かる」
「判る」

とある。

これは口語でも、発音は同じだけれど、自分なりに、解釈の意味が違うから、かなり意識して使うようにしている。
逆に言えば、他人が発する「わかる」という言葉の使い方が少々気になってしまう。



自分自身に、よく戒めながら

「言葉に責任を持つ」

と、考えて、それなりの会話をする時には、言葉選びには特に慎重になる。
【言葉の後に行動があり、言葉の前に、思考がある】のだから、その【言葉(思考と行動)】に責任を持つという事。
そう思っているから、自分にとってとても覚悟がいる。


でわ、日常会話はルーズでいいのか? そんな事はない。

日常の会話のほうが多いのだから、これがいい加減だと、いい加減なやつ だと思われ、いい加減な関係性を創る事にもなるし、
また、逆に、会話が慎重すぎて、窮屈な関係性を創る事にもなる。
言葉は 気楽な関係性を創るし、信頼される関係性も創るし、創造性あふれる印象も与えられるし
いい加減な印象を与える事も、好かれるも嫌われるも 言葉の力は無限である。



日々使う、口語は、録音される事はあまりないから、無責任に使用する事もあるが
いざ「文字」として人格を持って残るとい事、それはもう覚悟がいる。
特に漢字や熟語を使用するにあたっては、それはもう選ぶのに大層労力がいる。


では、わたしのように、言葉の意味においてあやふやな知識で
どのようにして「言葉に責任を持つ」のだろう?



たとえば


わたしの現時点でプロフィール

タムラトシヤと申します。
日本国籍を所有する男性です。京都で生まれ現在は東京渋谷区に住んでいる。
上記は間違いない。

職業は車の整備士に始まり今はグラフィック/WEBデザインをやっている。

これはあやふやだ。
グラフィック/WEBデザインなんて、そんなたいした事してないのかもしれない。
少々のデザイン知識でなんとなくしているように見せているのかもしれない。

でわデザインとは?

が「解って」ないのかもしれない。
単なる便宜上の、職業 グラフィック/WEBデザイン
として「分って」貰えるからそのように説明してるだけなのだ。



東京をめざし
デザイナーをめざし
WEBデザイナーをめざし

ともかく、その時期、その時、強く思った事が、偶然ではなく必然的に現実化していっただけであって
今現在の人生を歩んできたのは、自分の「言葉=思考」を選び、責任をとってきただけなのだ。


では、なぜその人生を、思考し選んだのだろう?






先日、ブロードウェイミュージカル「CHICAGO」を観に行きました。
オリジナルの振り付け/ボブ・フォッシーが好きなので、何度か観ているのだが
今回は特に、涙腺がゆるんだ。

男と女 金と名声 エロスと殺人 人生がテーマです。

この中の曲で nowadays とうい曲があり そのポイントだけ抜き出すと

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
人生なんでもあり
今の生活を好きにもなれるし、自分の好きな人生を生きることもできる
すべてのものは変わりゆく、50年もたったら何も同じものなんてない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


という曲。

それが今の自分の心境に近いのかもしれない。


その時期、その時の自分の「言葉」「思考」の本当の意味を「解る」よりも、
好き嫌いでの「分ける」で判断してたのだと思う。
その責任の結果が今現在の自分なのだと思う。



今現在。この一瞬をどのように生きるか。それが人生を気づくなんて思いもしなかった。
その事がこんなに大事な事だとは思いもしなかった。


そんな事を今頃気づいたのだから。




「言葉」や「詩」と関わる人たちの 「言葉=思考」 の選択は大変だろうなぁ。。。
その分、大きな影響力を持つ職業だなぁと。
世の中を、共鳴する人たちを、心を動かしたり、勇気を与えたり、また逆であったり
その人の人生をも動かす「言葉の力」を持つ職業、奥深い職業だと思う。

わたしの仕事もそうだって?、本物はそうかもしれないけれど、私自身それどころじゃない。
好き嫌いの気持ちだけで「判別」選択してきた、今の自分の人生に責任をとるので精一杯だから。

■田村 敏也さんって、どんな人?
tamura.

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